日替わりリレーコラム~第3回~春日萌花


おはようございます。
春日萌花です。
ラジオの生放送が終わって家へと戻る道中です。
草木を愛でる人たちは早起きで庭に水を撒き、降雨は見られないのに雨の匂いがします。そうかあれは土から生まれるものなのか。
太陽高度は低いのにジリジリと結構な量の熱量を放出し、昼間の茹だるような暑さを準備しているかのよう。
なぜ道の真ん中に酎ハイの空き缶があるのだろうか。このところ毎夜見かけるの猫の集会がいつの間にか猫の酒盛りになってたりして。それなら酎ハイでなくプッシーキャットなどで酔うのではないかしら猫だから。いやあれノンアルだから酔わないでしょ。
そんなことはさておき、まずは桜花さんの質問に答えましょう。

春日は旗揚げ半年ぐらいで入ってきた!
そんな春日がWAVEに入って一番思い出深い事は何?

…脱臼です。

そうです。
2012年、植松寿絵さんが引退された大会での右肘脱臼がそれはもう最上級です。

質問の意とは反してしまいますが、
二番目があるなら東日本大震災です。

三番目の印象的な出来事である2010年10月WAVE初の後楽園大会での見るも無残な大凡戦を繰り広げての完敗…から、顔の形が変わるくらい思い悩んで(春日を面白い素材だと褒めてくださるブログや書き込み等を見つけるとそりゃ舞い踊りそうになるほど嬉しいのですがこの時期の画像の引用だけはマジでやめてくだされと思うほどです)心も体も肌もボロボロになって自分はプロレスを辞めるべきなのではないかでもこのままでいいのかと自問を繰り返して、
翌年3月11日の直前にこのままでいいのかに決めて、
全日本プロレスさんの女子プロレス提供マッチという自分には滅多にない他団体参戦で、
あの日から上へ上へ行かねばならないとフルスロットルでエンジンをかけたのです。

一緒に移動してた桜花さん気づいてたかなぁ。
あの時新幹線の中で私非常に緊張していたのです。

そして石巻に向かう途中で地震に遭いました。
一本前の電車に乗っていたら、それが少しでも速く、若しくは遅く進んでいたら。

あの日から全てのことを頑張ろうと決めました。
そして一年後…脱臼。

少しだけ自分の人生を恨みました。

ところが2013年には事態がやや好転し「最近試合内容がいいから」と、WAVE大会でセミやメインに起用してもらえることが何度かありました。

このまま進めれば良かったのですがそこからより伸びることができずまた思い悩んで、
今年の3月また後輩の水波綾の力を借りました。

今回の大田区体育館大会だってそうです。
私の居場所を作ってくれたのは後輩の夏です。
春日さんが考えたYシャツマッチだから、春日さんがやるべきだ、と。

夏には申し訳ないけれど6月22日新宿大会で彼女に誘われた時、迷いがなかったわけではありません。
私が発案者とはいえいつの間にやらYシャツに水鉄砲が加わって、セクシー要素が当社比10倍くらいになってたためです。
私でいいのか?と。

だけどやると決めたからには真剣に臨みます。誰にも負けない。それこそ6月22日にマイクで夏にぶつけたくらいの思いで。くそ真面目に。たとえコンセプトが違ったとしても笑われても。

大田区体育館大会まであと27日です。

水波さんへ。
お暑うございますね。
WAVEに入団した当時、いつも黄色いWAVETシャツを着ていましたね。
覚えていますか?
黄色が好きなのですか?