日替わりコラム~第7回~夏すみれ


今日のコラムは夏すみれです。
まず大田区前の4連戦、怪我人が出る事なく無事に乗り切れてホッとしています。マジで疲れた。ほんと疲れた。ビックマッチ前にこんな無茶はもうやめましょうよ社長…。

 

今日は「私がYシャツマッチにこだわる理由」を少し真面目にお話します。

 

私が初めてYシャツに触れたのは、遡ること約3年前。
今考えると絶対ありえない相手・世界の華名さん(現・ASUKA)を相手に
waverousにて初めてYシャツに袖を通しました。

あの時の私はもうすでに右膝の靭帯が切れていて、動きたいのに動けない。いつまた痛い思いをするか分からない。そんなもどかしさで、試合をするのに対してすごく消極的でした。
そんな中、久しぶりに「楽しい!」と感じれた試合があの時のYシャツマッチでした。

いつも下を向いてお客さんの顔なんか見れずに試合していた私が、
あの時ばかりはお客さんの反応をすごくよく感じる事ができました。

なんとなく今思えば私あの時点で、自分の向きたい方向性がちょっと生まれていたような気がします。
終わったあとGAMIさんに言いました。

「わたし、Yシャツの女王になりたいです。」
(笑)

 

時が経ち今年の年明け一発目のwave。
毎年Yシャツマッチは夏に行われていたのに、なぜか今年は正月早々行われました。

試合が終わるとGAMIさんから

「大田区体育館、夏すみれYシャツマッチ決定」

のマイクが…。

 

ぶっちゃけ「は?」って思いました(笑)
さすがに大田区でYシャツはないでしょって。。。
そもそもYシャツマッチをやるのに、大田区は広すぎるのです。

それでも、もうすでにお客さんの前に出てしまった言葉は取り消すことが出来ません。

「なんで大田区でわざわざYシャツマッチなんかやらなきゃいけないの?」って気持ちと、
「どうせなら この試合を盛り上げたい」という気持ち。
2つの気持ちを抱えていました。

 

その数日後にはGAMIさんに
大体のコンセプト(バトルロイヤルであること、出したい選手数人)を伝え、
この試合をプロデュースという形で自分にやらせてほしいと相談しました。

 

それでもその時点では、やっぱりまだ決意が固まってなかったんでしょうね。
一回全部放り投げて逃げようとしました。

だけど最終的に
「やると言ったからには、Yシャツマッチだけは絶対やりきらなきゃ。」
そう思いました。

 

これは今思えばなのですが、
なんとなくこのYシャツマッチって、
私が会社から与えてもらえる最初で最後そして最大の任務かなと思うんです。
そして本来であれば 強くもなく身体能力があるわけでもない自分ですが、
こうして会社がYシャツマッチというリング上での私の居場所を作ってくれた事が、
私がリング上で頑張れる理由の1つに繋がってるのかなと。

 

Yシャツマッチに向けて公開オファーなどを進めるにつれて、
時には他の選手やファンの方から悔しい言葉やツイートを貰って泣いた事もありますが、
それ以上に暖かい反応も返ってきてて。

「頑張ってね」「楽しみにしてるよ」って言葉とか
大会当日に使う水鉄砲の差し入れとか、

本当にいろんな人から有難いお気持ちを感じています。

もしかしたらこんな充実感はプロレスをやってて初めてかもしれません。
いままで割と泣いてばっかだったんで…。私が泣き虫なだけですけど(笑)

 

自分が今の時点で既にそう思えてる分、
それ以上の充実感を
当日見にきてくれるお客様にも、
そしてこの試合に出てくれる出場選手の皆さんにも感じてほしい。

お客様も出場選手も楽しんで笑って会場を後にしてくれたら、
もう私それに勝るご褒美はないなと感じてます。

 

だから誰に何言われても、何を思われても、
嫌味言われようがなんだろうが やるしかないのです。

 

今の私に迷いは一切ありません。
25歳の夏は、全てYシャツに捧げます。

 

前回の飯田さんからの質問
「大田区ではワイシャツマッチプロデューサーの夏さんですが、ワイシャツのほかに◯◯マッチみたいな感じでやってみたいことは?」
ですが、本文が長くなってしまったのでサラッと答えますと赤ちゃんマッチです。ただの性癖です。

 

次は長浜。
「なんで大田区のタッグパートナーに、かほちゃんを選んだんですか?」